「それじゃあ、今後についてなんだけど」 エストの町の食堂で、アーネスカはテーブルの中心に依頼書をおいて話しはじめた。 「あたしは、この町にある店を見て回って、例の大蛇を倒すのに必要と思われる装備を整えようと思うけどみんなはどうする?」 「それについてなんだがアーネスカ……」 「……なによ?」 零児の言葉に明らかにアーネスカは眉を寄せた。 「マジな話なんだから落ち着け……。シャロンからみんなに言いたいことがあるそうだ」 「シャロンが?」 「……(コクン)」 今までシャロンはほとんど自分から意見を言ったことがない。基本的に流れに任せているタイプだ。なので、こうやって改まってシャロンから何かを話すのは珍しいことだった。 「わたしの力についてのことなの……」 ポツリポツリとシャロンは語る。若干舌足らずな話し方ではあるがきちんとしゃべれている。 「見て……」 言ってシャロンは自らの左手を見せる。すると突然手の平に丸い光が現れた。 それだけならば、まだ驚くようなことでもない。ライト・ボールのように球形の魔術の一環だと考えれば。問題はその次だった。 「これは……」 零児が驚き、声をあげる。 「光が……フォークになった」 驚いているのはもちろん零児だけでなく、アーネスカも同様だった。 そして、シャロンは光り輝くフォークをそのまま左手で持ち、そのフォークで水の入ったグラスの中を適当にかき回した。 グラスの水はフォークの動きに合わせて渦を作る。 そして、フォークを持った手を離すと、光り輝くフォークは消滅した。 「光を操る力ってことなのか……」 「あのスライムと戦ってから私なりに色々考えてみたの。レーザーブレスだけでは戦いにならない。あれを使うと、すぐに疲れてそれ以降戦えなくなってしまうから……」 シャロンの必殺の技レーザーブレス。人間や動物が食らったら即死間違いなしの技だ。しかし、この技は破壊力が大きい故に本人の体力消費も半端ではなく、これを使った後のシャロンは大抵疲れて眠ってしまうか肩で息をしている状態になる。 確かに一回限りの大砲を一発撃っただけで終わってしまうほど、戦いと言うものは甘くはない。それに何より、簡単に対象者の命を奪ってしまえる技でもある。人が大勢集まる場所でぽんぽん使えるような技ではない。 「だから、色々考えたの。レーザーブレス以外でどうやって戦えるのか。色々ためしてみたら、光を操ることが出来て、そこから武器を作り出すことが出来るんじゃないかって思って。これならある程度戦力になれるんじゃないかなって思ったの……」 零児にも似たような技はある。無限投影。魔力によって自分のイメージしたものを作り出す擬似物質精製魔術。 人前で使えば目立つ上に、零児以外の人間には使うことが出来ない特殊な魔術だ。いざと言うときはこれで作り出した武器を投げつけたり爆破させたりが零児の戦い方になる。シャロンが今見せた力もそれと似たような系統だと零児は思った。 「この力を上手に使えこなせるようになれば、零児やみんなと一緒に戦っていけるんじゃないかなって思うの。だから、2日後の戦いに備えて、この力を使いこなせるようになりたいの……」 「なるほどね。関心関心」 アーネスカはそういってシャロンの頭を軽く撫でた。 「……」 「だったらあんたは2日間の間、特訓に時間をかけてもいいかもね」 「だな。よし、俺も付き合おう」 「あんたも?」 「似たような力を持つものとしてアドバイスできるかもしれない。それに、一応保護者だしな」 「ふ〜ん。わかったわ。ネルと火乃木はどうする?」 話を振られ火乃木とネレスは顔を見合わせる。 「う〜ん。どうしようかな〜」 「そうだね〜。どうしよっか……」 火乃木もネレスも2人揃って同じようなことを口にする。が、火乃木はシャロンと零児をチラチラと見ている。 「だったら火乃木はアーネスカと行動したらいいんじゃねぇか?」 と、そこに何にも考えていない零児が誰も予想しないことを言った。 「え!?」 「……なんでそんなに驚くんだ?」 「え、だって……」 「なんでそう思うわけ零児……?」 「お前はなんでそう不機嫌そうなんだよ?」 「わかるでしょぉ?」 零児は思った。コイツ根に持つタイプだなと。 「独学だからってのもあるが、火乃木の魔術の腕は総じて低めだ。アーネスカはその点、魔術についてはかなり玄人だろうから……」 「ちょっと待った! あんた、火乃木に魔術のことを教えてやれっていうつもり?」 「そうするかはお前に任せるけどよ。火乃木にとって魔術のスペシャリストであるお前と行動することはそれなりにいい刺激になると思ってよ」 「…………火乃木はどうしたいの?」 「あ、うん……そだね……。あの……教えてもらえるかな? アーネスカ?」 火乃木はモジモジしながらそう言った。正直言うと零児と行動を供にしたかったのだが、零児言うことも一理あるし、魔術の腕が低いといわれてムッっとしたからこの機会に強くなりたいと思ったのだ。 しかし、今機嫌の悪いアーネスカにお願いしてもいいものか考えあぐねてもいた。 「まあ、スペシャリストなんていわれたら、あたしとしてもやる気が出るってもんだし、引き受けてあげてもいいわ」 「あ、ありがとう! アーネスカ!」 零児は思った。コイツ案外わかりやすいかも……と。 「じゃあ、私はクロガネ君と行動しようかな? 特訓と言うことなら私も少しは役に立てるかもしれないし」 「OK。じゃあ、火乃木はあたしと、零児、シャロン、ネルの3人でそれぞれ別行動ってことね」 「そうだな。午後7時くらいになったら、昨日泊まった宿に集合ってことでどうだ?」 「異存ないわ。じゃあ、食事終わったら早速行動開始ね」 零児、シャロン、ネレスの3人はエストの町から少し離れた草原にいた。 町から離れてしまえば人間なんて狩人とか旅人ぐらいしかこない。特殊な能力を持つ零児とシャロンが特訓するには丁度いい場所だった。 そこに零児とシャロンが対峙している。ネレスはそれを黙ってみている。 「それじゃあ、シャロン。自分の思うとおりに俺に攻撃して来い。遠慮はするな。あくまでこれは特訓だ。俺はお前の攻撃をかわすか受けるかするからよ」 「……(コクン)」 シャロンは頷き、先ほどと同じように光を発生させ、それを剣の形に変えて零児目掛けて切りかかる。 零児は自らの腰に下げてある短剣、ソードブレイカーを引き抜いてシャロンの斬撃を受け止めた。 受け止めたのは柄の方。即ち剣を折り曲げる反《かえ》しがついている方だ。 「そんな軽くて鈍い動きじゃ、剣が曲げられるぜ!」 「……!」 零児は言うや否や、シャロンの左腕ごと、光の剣を押さえつける。 その途端、シャロンの右手に光が集まる。その光がシャロンの爪の先端に集まり、鍵爪となって零児を襲う。 零児はそれを仰け反って交わし、体勢を立て直して距離を取る。 「剣を使った戦い方は、それなりに技術を要する。お前にしか出来ない、お前なりの戦い方を考えながら挑んで来い!」 「……うん!」 左手を前に突き出し、先ほどと同じように爪の先端に光を集中させる。すると、その先端に集まっていた光がまるで小さな槍のように零児目掛けて放たれる。 零児は横に跳び、あるときは剣で受け止め、叩き落しながら、あるときは交わしながらシャロンとの距離を詰める。 零児が距離をある程度距離を詰めてきた頃シャロンは右手の平に光の球体を作り出し、零児目掛けてそれを投げつけた。 「何!?」 そして、零児に当たる前に一際大きく光り、それが爆発した。 否、ぶつかる前ではなく、零児がソードブレイカーの刃を叩きつけていた。そのため爆発したときの距離は若干離れていた。 爆煙から姿を現す。同時に自らの足に魔力を込める。 「進速弾破《しんそくだんぱ》!」 「!」 魔力を推進力にして超スピードで走ることを可能にした移動用魔術だ。もっとも魔力の消費が尋常ではないため、一瞬加速するのに使うだけだ。 進速弾破によって一瞬にしてシャロンとの間合いを詰め、ソードブレイカーをシャロンの鼻先まで突きつけようとした。 しかし、同時にシャロンも自らの力を発動。一瞬で光の壁が出現し、ソードブレイカーによる攻撃が阻まれた。 「クッ……!」 「ぅぅ……!」 光の壁はその後複数出現し、無数の壁が零児を押し出す。 再び零児とシャロンの間に距離が開いた。 「中々やるなぁ……」 「ハァ……ハッ……ハァ……」 「シャロン?」 この時点で零児は初めて気づいた。シャロンが肩で息をしていることに。 「まだ……だよ……!」 再びシャロンは左手を突き出して、爪の先端に光を集中させた。 「させん! 進速弾破!」 零児は再び高速移動魔術を発動。シャロンとの距離を一瞬で詰める。 ――? 攻撃がとんで来ない? 先ほどよりシャロンの攻撃のスピードが遅い。妙に思いシャロンの表情を見た。その表情は何かを考えてる顔だった。 だが、零児は気にしない。命を奪うわけではないのだから、剣を突きつければそれで終了なのだから。だからこのまま攻撃を続行する。例え相手が息を切らせていても、戦いを放棄することは真剣に戦う者に対して失礼に値すると思うからだ。 それは特訓における戦いでも変わらない。 一方シャロンは零児が接近する僅かな間で必死にあることを考えていた。 ――零児の斬撃は……受け切れない……。もう……。交わさなきゃ……どうやって? 右に? 左に? ううん。零児の速さならどっちにしろ交わせない。じゃあ、どうすれば……どうすれば……! その途端。零児は目を疑った。シャロンの背中に光が集中している。 ――あいつまさか……! 零児の予想はある種突拍子もないものだった。しかし、シャロンはその突拍子もない行動を実行に移した。 シャロンが宙を舞ったのだ。背中から巨大な翼を生やして。 全長4,5メートルにも及ぶ巨大な翼。人間が空を飛ぶためにはそれくらいは必要だろう。 シャロンはそれを大きく羽ばたかせ一瞬だけ宙に浮いた。 しかし……。 「う、ああああう!!」 悲鳴を上げ、シャロンは落下した。 「シャロン!」 「シャロンちゃん!」 零児は即座にソードブレイカーを鞘に収める。シャロンの体を受け止めるためだ。しかし零児には左腕がない。そのため、受け止めきれず、零児は自分の体をわざと倒して全身で受け止めた。ネレスもその事態に驚き、シャロンと零児の元へと走った。 「う、うう……!」 シャロンの翼を象っていた光が霧散していく。土台無理があったのだ。空を飛ぶことなど。 絵画などに描かれている天使の翼。しかし、昔の人間が書いたような小さな翼で人間が空を飛ぶことなど出来ない。人間が空を飛ぶには体重が重すぎるのだ。それにどれだけ大きな翼を持ってしても、真上に飛ぶことなんて自然に存在する鳥にすらほとんどの場合不可能だ。 シャロンが一瞬浮き上がることが出来たのは、翼を羽ばたかせた勢いがあったからだ。だがそれは飛行とは言わない。ただの跳躍だ。 「大丈夫なの? シャロンちゃんは?」 零児はシャロンをゆっくり地面に倒し、起き上がりながらネレスの問いに答える。 「多分、一回の戦闘で何度も力を使ったから、体が負荷に耐えられなかったんだろう……命に別状はないと思う」 「ううう……こんなんじゃ……」 「シャロン……?」 「こんなんじゃ……戦えない……わたしは……もっと」 「無理するな。シャロン。特訓で体を痛めつけては元も子もない」 「でも……」 「一度にたくさんのものを得ようとは思うな。お前はまだたくさん知らなきゃならないことがあるし、無理をして体を壊したら本末転倒だからな」 「…………(コクン)」 シャロンは大人しく頷いた。 「どうする、ネル? シャロンを少し休ませようと思うが、お前も俺と特訓でもするか?」 「そうだねぇ。体が鈍《なま》っちゃうし。君となら本気でやりあってもよさそうだし、お相手願おうかな?」 「おし、それじゃあ…………」 そこで零児の動きが止まった。 「クロガネ君?」 「悪い。ちょっと待ってくれるか?」 「え? どうしたの?」 「おトイレ。エストの公衆トイレにでもよってくる」 「ガクッ……。わかった。じゃあ、シャロンちゃんと待ってるね」 「ああ」 そう言って、零児はシャロンとネレスを置いて1度エストの町に戻った。 「ハァ……ハァ……」 シャロンはまだ肩で息をしている。ネレスはそんなシャロンの横に座っている。 「大丈夫? シャロンちゃん?」 「……うん……ハァ……」 「戦ってみて、自分なりの戦い方。何か見つけることは出来た?」 「まだ……よくわからない」 「そうだよね。まだ1回クロガネ君と戦っただけだもんね」 「ねぇ」 「何?」 「ネレスも最初はわたしみたいだったの?」 「う〜ん。シャロンちゃんと同じって感じではないと思うけど、最初から強かったかって聞かれたらそれはちょっと違うかなぁ〜」 「そうなんだ……」 「うん。でもさ、シャロンちゃん。あせる必要なんかないよ。それに……」 「……?」 「クロガネ君は、逃げないよ」 「そうかもしれないけど……」 「クロガネ君が好きなんでしょ?」 「……すき?」 「違うの?」 「……わからない……でも多分そうなんだと思う」 「意外な答えだね。シャロンちゃんはクロガネ君を独占したいから、火乃木ちゃんを越えようとしてるんじゃないの?」 「私は……零児のパートナーになりたい。零児と一緒に色んなものを見て回りたい。零児みたいに強くなって、悪い人たちをこらしめたい。そう思う」 「そういう感情を、好きって言うんだよ」 「……」 シャロンは難しい顔をする。自分の感情。零児に助けられて以来ずっと感じている胸の熱さ。零児と行動を供にしたいと言う思い。零児は自分を助けてくれた。だから自分がしてもらったように、多くの人のために戦いたいと思う。 そのために、もっと力が欲しい。それを願って止まない。だけど、それが好きだというのはよくわからない。 「今はわからないかもしれないね。もう少し……2、3年くらいしたら自然にわかるようになるよ」 「……そうなのかな?」 「そう!」 一通り会話が終わって、沈黙が訪れた。 数分して、その沈黙をシャロンが破った。 「私も……1つ聞いていい?」 「うん? 何?」 「ネレスはどうして私達と旅するの? 「ん? あ〜そのこと。気になる?」 「なんとなく……」 「う〜んこれ言っちゃうと君や火乃木ちゃんにうらまれそうな気がするんだよね〜」 「……?」 「誰にも言わないって約束できる?」 「うん……」 ネレスはシャロンにそれだけを約束させ一言だけ言った。 「私さ、惚れっぽいんだよね」 |
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